取組概要北信のシームレスながん医療を担う人材養成

事業の概要

長野、富山、石川、福井の4県は、超少子高齢化に加え診断から治療・終末期医療まで全医療を居住地域で受けるがん患者が多い特徴がある。本事業(次世代北信がんプロ)は、診断から治療・終末期医療まで質の高い医療を地域でシームレスに行う多施設・多職種連携医療人材を養成する。連携6大学が強みを合わせた相互補完的教育コース(正規課程14、インテンシブ10)を新設し、切れ目ないがん医療提供に必要な専門分野以外のがん医療分野の最新情報も学修したがん予防、病理診断、放射線・核医学治療、在宅緩和ケア等を担う人材、3期事業で必要性が示された小児・AYA世代がん経験者を支援する遺伝カウンセラーや腫瘍臨床心理士、新規免疫療法開発や個別化医療に必要なゲノム創薬・副作用対策を担う人材を養成する。オンライン教育や演習・講演会で多職種地域内連携を推進し、将来さらに少子高齢化が進む日本の地域がん医療の人材養成モデルを確立する。

テーマごとの課題と対応策

テーマ① がん医療の現場で顕在化している課題に対応する人材養成

課題・対応策

3期北信がんプロ(金沢大、信州大、富山大、福井大、金沢医大、石川看護大の6大学連携)では、長野、富山、石川、福井の4県を北信地域と名付け、北信地域が全国平均よりさらに少子高齢化が進んでいることから、このような超少子高齢化地域において活躍できる先進的がん医療人の養成を目指した活動を行った。その結果、正規課程コース充足率 145%、インテンシブコース充足率 130%を達成し延べ49名のがん関連資格取得者を輩出した。これらの活動を通じ、北信地域は超少子高齢化に加え、多くのがん患者が居住地域・勤務地域を中心とする医療圏で診断から治療・終末期医療までの全医療を受けるという特徴を有することが把握された。この特徴は、地域内医療連携不足があれば、診断・治療開始の遅れや在宅医療への移行の遅れ等により、がん患者が不利益を被る可能性をはらんでいる。以上より、北信地域では、診断から治療・終末期医療まで質の高い医療を居住地域でシームレスに(切れ目なく)患者に提供する多職種チーム医療人材の養成が課題であることが顕在化した。

本事業では、北陸新幹線沿線で交流が可能な長野、富山、石川、福井の4県6大学が連携し、次世代北信がんプロとして、自分の専門領域以外のがん医療分野の最新情報も学んだ医療従事者を養成することにより、診断から治療・終末期医療まで患者が必要とする医療を速やかに提供できる体制を確立し、がん患者と家族が居住地域で安心して医療を受けられる環境の整備と人材育成モデル確立を目指す。

具体的には、がん予防・検診、画像診断、病理診断、標準的治療、副作用対策、早期からの緩和ケア、在宅医療を含む終末期医療に至るまでの最新情報を学修できるe-learning教材を6大学が連携して作成(がんプロオンライン教育に参加)する。また、3期事業で確立したWeb会議システムを活用した双方向性の研修会や演習(次世代北信オンコロジーセミナー、多職種協働型緩和ケアセミナー)を行う。これらを連携6大学の大学院生に加え北信地域の医療従事者が受講することで、多職種連携・施設間連携の意識を涵養する。

テーマ①では、在宅医療や身体的・精神的・社会的な痛みのケアに対するがん患者・家族からのニーズが高く、診断時からの緩和ケアの実施に加え在宅終末期医療の提供率の向上が課題である。また、金沢大には核医学診療科があり核医学診療を担う人材は比較的多いが、北信地域に放射線治療医や病理医は少なく、常勤の放射線治療医が不在のがん診療連携拠点病院が存在する。腫瘍循環器学や腫瘍腎臓病学、老年腫瘍学を専門とする医療従事者も少ない。

これらの課題に対し、富山大と福井大、金沢医大がそれぞれ緩和ケア、在宅医療、病理診断に習熟した医師・歯科医師を、長野県看護大が小児から高齢者まで対応できるがん看護専門看護師(CNS)を養成する正規課程コースを新設する。金沢大に医学物理士・放射線技師等、細胞検査士の正規課程コースをそれぞれ新設し、病理診断や放射線治療の質向上に必要な人材を養成する。それ以外の専門医の志望者が少なく個々の正規課程コースの新設は困難なため、金沢大・富山大・福井大・金沢医大にこれら課題を包括的に学修できるインテンシブコースを新設し、放射線治療や病理診断、腫瘍循環器・腎臓病学、老年腫瘍学に習熟した人材を養成し、北信地域の上記医療レベルを底上げする。

テーマに関する強み

3期北信がんプロ事業において、4県の全てのがん診療連携拠点病院と協力体制を構築している。また、がんプロ履修生で自らががんを経験した看護師が設立したAYA世代がん患者会(Colors)と市民公開講座を開催するなどの連携体制がすでに備わっている。本事業では6大学に加えてこれらと連携した教育が可能である。

緩和ケア・終末期医療に関し、富山大は実践的な緩和ケアマニュアルを附属病院Webで公開して全国どの医療施設でも閲覧可能とし、緩和医療の地域・施設間格差の解消に貢献してきた。福井大は在宅緩和医療・在宅栄養管理を担う人材を養成してきた。これらの実績を活かし、富山大・福井大が主体となり、デジタルツールを導入した在宅緩和医療教育を推進し、地域において診断・治療から終末期・在宅医療まで切れ目ないがん医療を実践できる多職種人材を6大学連携で養成する。

金沢医大は病理学教室の若手教授が病理医を積極的に養成している。また、3期がんプロ事業でも全国各地の大学・研究施設の病理医・研究者を招聘した腫瘍病理セミナーを2012年1月から2023年3月までの間に42回継続的に開催し、腫瘍病理の臨床・研究に関する最先端の情報提供を地域の病理医を含む臨床医や研究者に行っている。

金沢大には1973年に開講した核医学診療科があり、多くの核医学専門医を輩出してきた。3期に養成した医学物理士に加え核医学治療や病理細胞診を行う人材(医師・技師)を養成できる強みを有している。

本事業では令和4年度よりがん看護CNS養成を開始した長野県看護大が新たに参画した。長野県看護大にはがん看護CNSに加え老人看護CNSと小児看護CNS教育課程があり、小児・AYA世代から高齢者まで幅広い年代・ライフサイクルのがん患者に対応できる専門看護師の養成が可能である。また、すでに長野県の医療施設に加え、金沢大(小児看護)、山梨県立大(がんCNS)等と合同セミナーを令和4年度から毎月開催しており、本事業において多施設連携Webセミナーを開催する体制および実績を有している。

次世代北信がんプロにおいても、教育コースの履修者の受け入れ状況を含む進捗管理を学長連絡協議会で行うことが予定されており、本事業を実施する体制は整っている。

テーマ②がん予防の推進を行う人材養成

課題・対応策

全国より高齢化が進んでいる北信4県では、平成27~29年にがん死亡者数がピークとなるも未だ減少には転じていない。これは高齢者のがん患者が多いことが大きな要因となっていると考えられ、非高齢者に加えて高齢者のがん予防も行う、次世代型のがん予防を担う人材養成が課題である。

一方で、がんゲノム医療拠点病院に指定されている金沢大、信州大、富山大では令和5年3月末までにエキスパートパネルを361回(1530症例、延べ9439名が参加)開催し、がんゲノム医療に携わる人材の教育を行ってきた。しかし、二次的所見が得られた患者へのケアやその家族に対するサーベイランスを担う遺伝医療の専門医、認定遺伝カウンセラーのニーズが高まっていることや、養成された専門人材が地域を離れて都会に流出していることなどから、北信地域に定着して遺伝医療を担う人材の不足が課題となっている。

さらに、3期の北信がんプロにおけるがんデータベース事業では、北信4県の小児・AYA世代がんの診療実態が明らかとなり(Okura E et al, Jpn J Clin Oncol. 2022)、希少がん患者・遺伝性がん患者・小児がん経験者に対する二次がん予防や就学・就労・メンタルヘルスに対する継続的なサポートがAYA世代における喫緊の課題であることが浮き彫りになった。

テーマ②では、金沢大が次世代型個別化がん予防医療の医師・歯科医師向け正規課程コースを新設し、生活習慣の改善や感染症(ヘリコバクターピロリや肝炎ウイルス)回避による1次治療に加え、マルチオミックス解析とビッグデータを活用し、個々人の体質を知り予防するがんの0次予防を実践できる医師・歯科医師を養成する。

また、信州大と金沢大が、認定遺伝カウンセラーを養成する正規課程コースを新設し、がんゲノム医療に貢献するとともに、小児・AYA世代から高齢者まで世代を超えて、個別化予防〜がんゲノム医療〜遺伝性腫瘍〜緩和ケアまでシームレスに見通した上でがん予防を推進できる人材を養成する。さらに、金沢大にがん経験者の精神的支援を担う腫瘍臨床心理士の正規課程コースを新設し、サイコオンコロジスト(腫瘍臨床心理士)を養成する。

インテンシブコースとして、がんゲノム医療に積極的に参画し貢献しうる臨床遺伝専門医を養成する本邦初の試みとして、信州大に臨床遺伝専門医を目指すコースを新設する。金沢大に、ライフイベントに伴う生きづらさの緩和(心理社会的ケア)やがんの予防再発を担うことができる看護師(サイコオンコロジーナース)を養成するコースを新設する。

テーマに関する強み

3期北信がんプロ事業において、4県のがん診療連携拠点病院の院内がん登録データから北信地域がんデータベースを構築し、地域のがん医療の特徴を明らかにするデータ解析を行い、成果を英語論文化する研究・教育を行ってきた実績(附属病院を有する5大学連携で、5つの英語論文を発表・掲載済み)があり、今期もデータを追加し解析研究活動を継続する。

金沢大は、2016年に大学院先進予防医学研究科を設置し、オミックス解析とビッグデータを活用して個々人の体質を知り予防する0次予防から社会復帰を促進する3次予防までを包括した個別化予防を担う人材を非がん疾患対象に養成しており、地域との協力体制を構築(志賀町健康づくり推進の連携協定など)してきた。本事業では、その研究基盤をもとに活動をがんの予防に展開する。

福井大は、生活習慣の改善やがん関連感染症の制御の重要性を教示するがん教育授業の福井大教育学部における正規授業化や、中高校の校長・教頭に対するがん教育実施など、特色あるがん教育によるがん予防活動を推進している。

信州大は、全国の大学に先駆けて開設した遺伝子医療部門(遺伝子医療研究センター)において、がん遺伝子パネル検査と遺伝性腫瘍に対する遺伝カウンセリングの十分な実績を有し、臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラーの人材養成を行ってきた。また、小児科長期フォローアップ外来と連携して遺伝性腫瘍症候群(HOPEFUL)パネルを独自開発し、小児科長期フォローアップ外来に通うAYA世代の小児がん経験者に対する、遺伝情報を用いた二次がん発症予防・早期発見プロジェクトを軌道に乗せた。

金沢大は、医学系で遺伝カウンセラーの養成を、保健学系で精神看護・自殺予防などができる看護師の養成を開始しており、地域で不足している遺伝カウンセラーやサイコオンコロジストの養成が可能である。

テーマ③新たな治療法を開発できる人材の養成

課題・対応策

近年、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による免疫療法や遺伝子解析に基づいた分子標的治療により一定割合のがん患者の予後は改善された。しかしながら、がん種や標的分子の発現状況によりICIや分子標的治療が適応とならない、適応となっても奏効しない、あるいは一旦奏効しても耐性により再発する患者も多いのが現状である。したがって、進行期がん患者の予後のさらなる改善には、新規分子標的の同定や新規がん免疫療法の開発、および薬剤耐性の克服が課題である。

一方で、重篤な副作用が発生しICIや分子標的治療を継続できない症例も存在するため、予測される副作用が発生しても適切に対処し重篤化を防ぐ、あるいは重篤な副作用が発生する患者を適切に予測し治療対象にしないことで重篤な副作用を予防する、個別化医療としての副作用対策や副作用予防も課題となっている。よって、新規免疫療法や分子標的療法、耐性克服治療の開発および副作用対策によるより良い個別化医療を担える人材の養成が必要である。

テーマ③では、信州大に新規免疫療法を開発する遺伝子・細胞治療研究者の正規課程コースを新設し、新規CAR-T療法の研究開発を通じて、がん免疫療法・遺伝子治療に精通した創薬人材および日本遺伝子細胞治療学会認定医・認定技術士を養成する。CAR-T細胞シーズの探索研究に加えて、がんの基礎研究者・創薬ベンチャー・リサーチアドミニストレーターによる講義・演習や米国ベイラー医科大学との人材交流も積極的に取り入れ、リサーチマインドを持つ臨床研究医・医療従事者並びに国際競争力の高い創薬研究者の養成に取り組む。

また、金沢大に分子標的薬のICIや耐性機構の解析により最適の後治療や治療シーケンスの開発研究を行うがん個別化医療開発コースを正規課程コースとして新設し、ICIによる免疫療法や分子標的薬の耐性克服研究を通じて、最適の個別化医療を開発する能力を有する基礎・臨床研究医を養成する。

さらに、富山大と金沢大ががん専門薬剤師の正規課程コースを新設し、ICIやCAR-Tなどの免疫療法および分子標的治療における副作用対応や副作用予防に精通したがん専門薬剤師や個別化医療の開発研究を担う薬剤師を養成する。

テーマに関する強み

信州大は、小児科、遺伝子・細胞治療研究開発センター、信州大発創薬ベンチャーが連携して、新規CAR-T療法の探索研究から治験製品製造・医師主導治験までをシームレスに行っており、遺伝子・細胞創薬の国内拠点の1つとして知られている。修士・博士課程では、治験の非臨床POCとなったCART療法研究が行われ、多くの基礎研究者・臨床研究医を養成してきた。創薬ベンチャーやリサーチアドミニストレーターによる大学院教育、米国ベイラー医科大学細胞・遺伝子治療センターへの大学院生・ポスドクの派遣なども積極的に行ってきた。

金沢大は、腫瘍内科、がん進展制御研究所、先端医療開発センターが連携して、分子標的薬耐性の克服を目指した基礎研究から医師主導治験までをシームレスに行っている。これらの活動などにより、石川県における日本臨床腫瘍学会のがん薬物療法専門医は現在27名と、岡山県と並び全国トップの割合(人口100万人比で)で輩出してきている実績を有する。2017年に新設されたWPI Nano生命科学研究所では、一分子の蛋白質の形態や動態をリアルタイムで観察できる高速原子間力顕微鏡技術を活用し、細胞に存在する様々な分子をナノレベルで解析するユニークな研究を行っている。現在、がん細胞の治療標的分子に対する異分野融合研究も行われており、新規治療標的の同定や治療薬開発を行う基礎研究を行う上で、密に連携をとれる体制が整っている。

また、金沢大と富山大では、3期がんプロ事業を通じて薬学系が連携してがん専門薬剤師を養成する体制が構築されている。さらに、副作用対策による個別化に加え、薬剤師による新規治療法の開発研究に対する機運が高まっており、科学者としての能力を豊富に備えた薬剤師を養成する基盤が整っている。

出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/)
「次世代のがんプロフェッショナル養成プラン(令和5年度選定)」を加工して使用